僕で良かったんだよ★守本早智子

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著者:守本早智子
出版社:文芸社
定価:600円+消費税

「僕で良かったんだよ」
この言葉は、著者の守本早智子さんの息子さん良平くんが14歳で白血病を発症した時の言葉だそうです。
それからの6年間は、再々発、脳症と闘病生活がほとんどだったのですが、
そういう中でも良平くんは、人を思いやり、誰にも優しく、それは、こんなに暖かい家族があるからなんだろうなあ~良平くんは幸せだっただろうなと感じる本です。

誰でも命の期間が決まっているはずなのに、命を自ら捨てる人もいることを、良平くんは懸念していました。
大切な授かった命、良平くんのように一生懸命生きなくてはいけないと教えてもらいました。



そして、良平くんのお母さんでもある守本さんは、日本舞踊の先生であったり、劇団を持っておられたり、妻であったり、お母さん、おばあちゃんであったり、たくさんの顔を持っています
そして”体当たり白雪姫のお優さん”として、施設等を訪ねて高齢や病気でコミュニケーションが取れなくなっていると思われている方と、筆談や指談等でコミュニケーションをとる活動をされています。


そうすることで、みなさんに表情が出てきたり、また来て欲しいとか生きる意欲を引き出すことになっているようです。
施設の職員の方の意識も変わってきて、人として尊厳をもって接することでコミュニケーションが取りやすくなったということでした。

そんな、すばらしい優さんの本ですが、涙でぐしゃぐしゃになってしまいますので、人の多いところで読まないほうがいいかもしれません・・・

優さん、大切なこと教えてくれて有難う






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白雪姫プロジェクト「奇跡が奇跡でなくなる日に向かって」講演会:その2と柴田先生&たけちゃん講演会

國學院大學の柴田先生の周りには、障害で言葉が発せられなかったり、うまく言葉で表現できない人がたくさん集まっています。みなさん、自分の言葉を柴田先生や筆談などで言葉を引き出してもらい、話し合っているのです。
柴田先生が主催されている”きんこんの会”での風景です。
とても、生き生きとした表情で楽しそうです。
柴田先生も最初は誰もが言葉を持っているとは思っていなかったそうです。特に重度障害の人に言葉があるとは考えてもいなかったそうです。
でも、かんなさんという女の子と出会って、柴田先生が作成されたワープロとスイッチで言葉を綴る装置で
かんなさんが自ら言葉を入れた時はすごい衝撃だったそうです。
かんなさんが文章を綴る力を持っていることは疑いようもなく、そして、何より驚いたのは、その最初の言葉が
「かんなかあさんがすき めいわくばかり」
その言葉に、お母さんへの愛情と、思いやる気持ちだったことに心を揺さぶられたということでした。

先生は、これまでに障害があると言われる人と接してきて、全員言葉を持っている、思いを持っていることに気づいていったそうです。

そして、今、きんこんの会や各地講演会などで、聴力のない人に手話があるように
言葉をうまく話せない人に、指談、筆談という方法があることを広めていったり、一緒に勉強したりしていこうという輪が広がっています。

指談の練習方法
・右の人が左の人の人差し指を親指と人差し指でそっとささえる
・左の人の指先を右側の人がもう一方の自分の人差し指にそっとあてる
・○と×の書き方
・数字を書いてみる


岡山では、たけちゃんや懇親会の時に一緒のテーブルにいた人の指を借りて練習させてもらいました。
人によって○の書き方が、時計回りであったり、時計と反対周りだったりするので予め約束して、○は時計まわりだよとか決めたらいいのかなと思いました。×はどちらかの線だけを書いてもらうだけにしておくそうです。全部書くと○と紛らわしいようです。
慣れたら、今度は数字を書いてもらって練習しました。書くといっても、身体は力を抜いて書いてるイメージをさせているだけなのです。それだけなのに、筋肉が反応してわかるのです。


柴田先生のハンドスキャンは、相当な練習というか年月が必要と思われますが、できる方が増えれば、もっとそういう人たちが話せる場が増えていけるのになと思います。
先生は、もう慣れてしまっているので、パソコンの変換機能のように何文字かでこれかな?と何パターンも文字の候補があがってくるようです。
何でも慣れるってそういうことですね。


そして、今日、柴田先生とたけちゃんの講演会が神奈川県相模原市の橋本で開催されました。
たけちゃんが急遽、入院ということになりましたが、たけちゃんを助けたいと
滋賀県からレノアちゃんという女の子が来てくれました。表情がとても明るい可愛らしい女の子です。
レノアちゃんの言葉をレノアちゃんのお兄ちゃんも体当たり白雪姫の優さんも指談で聞くことができてみんなに聞かせてくれました。

優さんの息子さん、良平くんは何回も乗り越えたけれど、白血病で先にあちらの世界に行かれています。
優さんは、療養中に脳症になってしまい話ができなくなった良平くんの言葉をずっと聞きたいと思っていたのです。
だから、誰よりも、言葉を聞きたいというご家族に対して、遠くでもどこでも行ってそのお手伝いをされています。
だって、言葉を発することができない障害をもっているご家族や大切な人がいる方は、みんな言葉を聞きたいと思っているのですから。誰よりも優さんは知っているのです。

それから、柴田先生の町田のお仲間が歌った歌にも、そのままの気持ちが詩にあらわれていて
涙が溢れました。思いを持っているのに伝えられないもどかしさや、差別などの理不尽な扱いなどが歌になっていて、切なくなってしまいます。
まだ、世界中に伝えることを知らない人たちが多くいます。思いがあるのに伝えられなくて、
それなのに、周りの声が聞こえて勝手な判断をされていることに反論もできなくて・・・
みんなそれぞれ違って当たり前だという世の中には、まだまだなのです。
だれだって、違っていいのに・・・
視力が悪かったり、耳が聞こえにくかったり、足が極端に遅かったり、音痴だったり、匂いがわからなかったり、味覚がなかったり、見た目が普通なら気づかない小さな障害は誰でも持っているのに、
見た目でかわいそうだとか、不幸だとか勝手に決めつけている。

かんなさんが初めて綴った言葉は、「かんなかあさんがすき」だったんです。幸せだから言える言葉。
私は、そういう人ほど誰よりも愛情をもらっているような気がします。

今日、来れなかった、たけちゃんもそうです。いつもご家族一緒で、たけちゃんはいつも幸せそうです。
たけちゃんの詩です

・くるしいときほど みんながそばにいることをわすれないよ
 いつだって ぼくはひとりじゃない


・めがさめて さいしょにおもうのは かんしゃのこころ 
 いつもありがとう


・にっぽんじゅうにえがおをふりまきたい






柴田先生の研究や活動を知らない人がいないくらいに広められたら、偏見がなくなるのかもしれません。
多くの人に届きますように。

みんなが優しい気持ちでいられますように。



★岡山の二日間、多くの人の優しさ、思いに触れました。有難うございました。

★きらきら✩たねまきの会のみなさん、暖かな会をありがとうございました。
 講演会のホールには、手芸部の庸子ちゃんの作品や、大翔君、ゆうきくんの作品、折バラ、もよこさんが冊子に したお星様のポストなどがあり、みんなの思いが伝わるようなかわいい作品に囲まれていて、みなさんの優しい 気持ちがつたわっていました。







僕道を知った後のアロマケア/介護アロママッサージ


「僕のうしろに道はできるの映画」を見てくれた、一緒に介護アロマの活動をしている友人のブログです。
介護アロマを長年、施設等でされていて、それでもすごいと思うのに、白雪姫プロジェクトと通じるものがあると言ってくれた人です。

--------- ブログ ここから ---------

こんばんは~
介護のためのアロマフットケアの坂内美由紀です

夜になると風が冷たいですね~
厚手の上着必須ですね!

以前にも書いた
「僕のうしろに道はできる」

上映会をご覧になった方はどれくらいいらっしゃるでしょうか?

仲間に教えていただいてから、
二回観させていただきました。

例えば、話せないですよって言われた方が、
話せるようになった。
→奇跡だねって人は言うかもしれない。

だけど、上映会の副タイトル?は、

~奇跡が奇跡でなくなる日に向かって~
なんです。

話せないですよって言われても、
話せるようになる。
それが奇跡ではなくて。

というようなこと。

↑もっと深いないよいうです!!

今日の介護施設でのアロマのときに、
コミュニケーションがほとんど取れない方がいらっしゃいました。

「そうか、どうしようかなあ」
と、思ったんだけど、
ご利用者様は、ただ私を見ているだけです。
ほんとは、何か言いたいのかもしれないけれど、
表情がほとんどないので、
さすがの?私でもわかりませんでした。

今までの私だったら、
笑顔か、だまったまま、
心のこもったアロマケアだったかもしれません。

だけど、今日は違った。
ずーーーっと話しかけてた

目の前にいらっしゃるご利用者様は、
うんともすんとも、
何にも言わないけど、
普通に話してました。

ある方が、
「その方は、もうコミュニケーション取れないので」
って、言ったんです。

でも、違うよね。
ほんとは、言いたいことあるんだよねって思いました。
ちょっとした表情を今日は読み取れなかったけど、
絶対に、サインがあるはず

そのような方に、アロマケアを通して、
少しでもお役に立てていけたら。

寄り添ってこの活動を続けたいなしあわせ



http://ameblo.jp/aromafootcare/entry-11704740440.html

白雪姫プロジェクト「奇跡が奇跡でなくなる日に向かって」講演会:その1

昨年12月に開催された岡山県総社市での「僕の後ろに道はできる」の上映会と山元加津子さん、紙屋克子先生の講演会から、約1年たち、白雪姫プロジェクト岡山さんが再び、倉敷市で今度は國學院大學の柴田先生を加えて3人の先生方の講演会を開催してくださいました。

かっこちゃんこと山元加津子さんは、「僕のうしろに道はできる」の映画からもわかりますが、同僚の宮田俊哉さんが脳幹出血で倒れてから、、医師から3時間の命ですと言われたときも「大丈夫です」と答え、毎日病院へ通い意思の疎通ができるところを探し、リハビリをして、今では、宮ぷーは遠出のドライブや家に外泊もできるようになっています。
そのことを通して、あきらめないことの大切さや、今までの特別支援学校での経験を通して、わかっていたことがあったから、医師にも「大丈夫です」と言い切ることができたこと、それを知っていたのだから伝えていかなければいけないという思いを強く持ったことを話してくださいました。
かっこちゃんの講演会で言われるのは、みなさんも今日このことを知ってしまったのだから、伝えてくださいということです。
言葉や思いをみんな持っているということ、植物状態のように見えても、聞こえているし、伝えたい気持ちを持っていることは、ずっとわかっていたことなのに、非難などされるたびに伝えることをしなくなってしまった時期もあったそうです。
宮ぷーの姿を見てもわかるとおり、奇跡ではなくて、当たり前だということが常識になるように、かっこちゃんと白雪姫プロジェクトを応援してるみんなと広めていかなくてはと心新たにしました。

映画のなかでも登場されている、まーくんが気持ちを柴田先生に伝えてくれました。(仙台のしげちゃんより、一部)
僕が、一番最初に意識を取り戻したのは、名前を呼ばれたときでしたが、それがいつなのかはよくわからないのですが、それが僕にとっては最初の記憶ですが、母にあとで確かめたら、それは僕が倒れて1、2週間のことだそうです。僕にとっては、これでわかってもらえるという瞬間でしたが、残念ながらそれは、僕の勝手な思い込みだけで、そのあと誰も気づいてくれず、かえってこれは大変なことだと思うようになりました。
なぜなら、このままでは、例えば、臓器移植の対象になったとしたら、自分は記憶があるのに、そのまま体を切り取られるということなので、そんな恐ろしいことはないと、そのとき恐怖に打ち震えたのを覚えています。

と、話してくれました。

閉じ込め症候群になったことのある人が、思いを伝えられるようになった時に必ず言われています。
意識を取り戻しているのに、誰も気づいてくれないことに気付いた時がとても怖かったと・・・
まーくんもそういう経験をしていたことを知り、以前から自分が思っていたことと同じだと思いました。
臓器提供とこのことはどう考えたらいいのだろうと・・・
自分がなった時は、とても恐ろしいことと思うのだけど、子供や大切な人がそうなった時に、意識が内容に見えていても実はあるのだとしたら・・・


プロフィール

横浜かっこ と ロサンゼルスぴろ と 浜松たーこ

Author:横浜かっこ と ロサンゼルスぴろ と 浜松たーこ
和子(かっこ)・・横浜市在住 弘子(ぴろ)・・California在住
直(たーこ)・・浜松市在住
石川県金沢市出身の姉妹・従兄同士の3人です。
すぐには会えない距離に3人はいますが、ブログを通じて
同じ思いのもとに何かがしたいと思えたこと不思議だなあと感じます。
見えない何かがあるのだなあと感じます。
本等を通して、誰かの大切な人のために、お手伝いができたらなと思っています。

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